審査請求事例:生活保護の費用徴収の決定取り消しの採決
福生福第4289号 裁 決 書
審査請求人 〇〇 〇〇が令和5年4月25日に提起した、処分庁であるさいたま市〇〇福祉事務所長が令和5年3月8日付け(〇健福第〇〇−〇〇号)で行った生活保護法(昭
和25年法律第144号。以下「法」という。)第78条第1項に基づく費用徴収の決定に
関する処分(以下「本件処分」という。)についての審査請求(令和5年(福)第1号生活
保護費用徴収決定取消請求事件)について、次のとおり裁決する。
主 文
本件審査請求に係る処分を取り消す。第1 事案の概要
本件は、処分庁が審査請求人に対して、令和5年3月8日付けで行った、法第78条に基づく費用徴収の決定に関する処分に対し、審査請求人が、借入が収入に当たること
の説明がされないまま本件処分がなされたのは不当である等と主張して、処分の取消
しを求める事案である。
第2 事実関係
1 関係法令等の定め(1) 法第78条第1項の規定により、不実の申請その他不正な手段により保護を受け、
又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村
の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額
に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。
(2) 地方自治法(昭和22年法律第67号)第153条第1項の規定により、普通地方
公共団体の長は、その権限に属する事務の一部をその補助機関である職員に委任し、
又はこれに臨時に代理させることができる。
同規定により、さいたま市は、さいたま市福祉事務所長事務委任規則(平成15年
さいたま市規則第43号)を定め、同規則第6条第50号の規定により、市長の権限
に属する事務のうち、「生活保護法第77条第1項、第77条の2及び第78条の規
定による費用及び徴収金の徴収に関する事務」を福祉事務所長(さいたま市福祉事務
所設置条例(平成13年さいたま市条例第138号)により各区に設置された福祉事
務所の長をいう。以下同じ。)に委任している。
(3) 法第29条第1項第1号の規定により、保護の実施機関及び福祉事務所長は、保護
の決定若しくは実施又は第77条若しくは第78条の規定の施行のために必要があ
ると認めるときは、要保護者の氏名及び住所又は居所、資産及び収入の状況その他の
同号に定める事項につき、当該要保護者の雇主その他の関係人に、報告を求めること
ができる。
(4) 法第61条の規定により、被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動
があったときは、速やかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なけ
ればならない。
(5) 「生活保護行政を適正に運営するための手引について」(平成18年3月30日社
援保発第0330001号厚生労働省社会・援護局保護課長通知(平成30年9月2
8日社援保発0928第3号による改正までのもの))中、「W費用返還(徴収)及び
告訴等の対応」に次の記載がある。
4 法第78条の適用の判断
(1) 法第78条の趣旨
不実の申請その他不正な手段により保護を受け、または他人をして受けさ
せた者は刑法該当条文(詐欺等)又は法第85条の規定によって処罰される。
しかしながら、これだけでは保護金品に対する損失は補填されないため、係る
不法行為により不正に保護を受けた者から保護費又は就労自立給付金を返還
させるよう法第78条が規定されている。
注)「不実の申請その他不正な手段」とは、積極的に虚偽の事実を申し立てる
ことはもちろん、消極的に事実を故意に隠蔽することも含まれる。刑法第24
6条にいう詐欺罪の構成要件である人を欺罔することよりも意味が広い。(以
下略)
(2) 法第78条の適用
ア 不正受給かどうかの判断は、事実確認の調査を行ったうえで、不正受給の
事実が確認できた時点で所長等幹部職員を交えたケース診断会議等で十分
協議検討し、その処理方法等を決定する。
イ 会議では、費用返還(法第63条)又は費用徴収(法第78条)の検討を
行うとともに、保護の要否判定を行う。
ウ 法第78条によることが妥当であると考えられるものは、具体的には以
下の状況が認められるような場合である。
(ア) 届出又は申告について口頭又は文書による指示をしたにもかかわら
ずそれに応じなかったとき
(イ) 届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき
(ウ) 届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機
関又はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明を求めた
にもかかわらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき
(エ) 保護の実施機関の課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申
告書等の内容が虚偽であることが判明したとき
〇 したがって、例えば被保護者が届出又は申告を怠ったことに故意が
認められる場合は、保護の実施機関が社会通念上妥当な注意を払えば
容易に発見できる程度のものであっても法第63条でなく法第78
条を適用すべきである。
〇 また、費消したという本人の申立のみで安易に法第63条を適用し、
不正額の一部を返還免除するような安易な取扱いは厳に慎むべきも
のである。
(3) 不正受給額の確定
法第78条に基づく返還額の決定は、保護の実施機関ではなく、保護費又は
就労自立給付金を支弁した都道府県又は市町村の長が一方的に行うものであ
り、さらに法第78条による徴収額は、不正受給額の全額又は徴収する額にそ
の100分の40を乗じて得た額を加算した額の範囲内で決定するものであ
って、法第63条のように保護の実施機関が徴収額から自立更生のために充
てられる費用を控除する余地はない。
(6) また、「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」(平成24年7
月23日社援保発0723第1号厚生労働省社会・援護局保護課長通知(平成30年
10月10日社援保発1010第1号による改正までのもの)。庁第73号証)(以下
「平成24年課長通知」という。)にも、費用徴収に関して次の記載がある。
3 法第78条に基づく費用徴収決定について
法第63条は、本来、資力はあるが、これが直ちに最低生活のために活用でき
ない事情にある要保護者に対して保護を行い、資力が換金されるなど最低生活
に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図るために、
当該被保護者に返還を求めるものであり、被保護者の作為又は不作為により保
護の実施機関が錯誤に陥ったため扶助費の不当な支給が行われた場合に適用さ
れる条項ではない。
被保護者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、
保護の実施機関への届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむ
を得ない理由が認められるときや、保護の実施機関及び被保護者が予想しなか
ったような収入があったことが事後になって判明したとき等は法第63条の適
用が妥当であるが、法第78条の条項を適用する際の基準は次に掲げるものと
し、当該基準に該当すると判断される場合は、法第78条に基づく費用徴収決定
をすみやかに行うこと。
1) 保護の実施機関が被保護者に対し、届出又は申告について口頭又は文書に
よる指示をしたにもかかわらず被保護者がこれに応じなかったとき
2) 届出又は申告に当たり明らかに作為を加えたとき
3) 届出又は申告に当たり特段の作為を加えない場合でも、保護の実施機関又
はその職員が届出又は申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかか
わらずこれに応じず、又は虚偽の説明を行ったようなとき
4) 課税調査等により、当該被保護者が提出した収入申告書が虚偽であること
が判明したとき
(7) さらに、法第78条に基づく加算措置の適用に関して、平成24年課長通知中に次
の記載がある。
4 不正受給に対する徴収金への加算
法第78条第1項又は第3項により、不実の申請その他不正な手段により保
護若しくは就労自立給付金の支給を受け、又は他人をして受けさせた者に対し、
当該不正受給に係る徴収金の額に、100分の40を乗じた額以下の金額を加
算して徴収することができることとしている。
当該加算措置を適用することが妥当であると考えられるものは、以下の状況
が認められるような場合である。
1) 収入申告書等の提出書類に意図的に虚偽の記載をする、又は偽造、改ざんする
など不正が悪質、巧妙であるとき
2) 過去に保護費の不正受給を繰り返し行っていたり、必要な調査に協力しない
などの状況があるとき
3) 不正受給期間が長期にわたるものであるとき
当該加算措置を適用するか否かの判断に当たっては、不正の事実の発覚後、事
実確認に協力的であることや不正に受給した金銭の返還に積極的に応じる意向
を示すなどの状況についても合わせて考慮することとし、原則として保護の実
施機関が設置するケース診断会議等において、総合的に検討を行う必要がある。
2 処分の内容及び理由
(1) 審査請求人は、平成23年3月9日、処分庁へ法に基づく生活保護の申請をし、処
分庁はかかる申請に基づき、平成23年4月7日に、同年3月9日からの生活保護の
開始を決定した。
(2) 法第29条第1項第1号の規定により、福祉事務所長は、保護の決定若しくは実施
又は第77条若しくは第78条の規定の施行のために必要があると認めるときは、
要保護者の氏名及び住所又は居所、資産及び収入の状況その他の同号に定める事項
につき、当該要保護者の雇主その他の関係人に、報告を求めることができる。
かかる規定に基づき、処分庁が調査を実施したところ、審査請求人の生活保護費受給
開始後の平成23年7月26日以後、「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」(以
下「A」という。)から借り入れた8,687,000円及び、平成23年4月13
日以後、「〇〇〇〇」(以下「B」という。)より借り入れた3,828,000円の
収入があることが発覚した。
(3) 法第61条の規定により、被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動
があったときは、速やかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なけ
ればならない。
しかし、審査請求人は、上記(2)の借入れによる収入について、処分庁に申告をしな
かった。
(4) 審査請求人の上記(2)の借入れによる収入は未申告の収入であり、約7年にわたる
度重なる申告漏れは不実の申告と判断し、不正受給と言わざるを得ない。よって、審
査請求人が借り入れた総額12,515,000円のうち、時効消滅額を除いた、2,
018,000円を不正受給額とし、法第78条に基づき費用徴収する本件処分を行
った。
3 審理員による審理手続の経過
(1) 令和5年4月25日、審査請求人は、行政不服審査法(平成26年法律第68号)
第2条に基づき、同年3月8日付けでさいたま市〇〇福祉事務所長(処分庁)によっ
て行われた本件処分に対する審査請求を行った。
(2) 令和5年5月17日、審理員が指名された。
(3) 令和5年6月8日、処分庁より弁明書が提出された。
(4) 令和5年7月31日、審査請求人より反論書が提出された。
(5) 令和5年8月22日、処分庁より再弁明書が提出された。
(6) 令和5年9月21日、審査請求人より再反論書が提出された。
(7) 令和5年10月12日、処分庁より、再反論書に対する再々弁明は行わない旨の書
面が提出された。
(8) 令和5年10月18日、審理員から処分庁に対し、行政不服審査法第36条に基づ
く質問書を送付した。
(9) 令和5年11月2日、処分庁より上記(8)の書面に対する回答書が提出された。
(10) 令和5年12月7日、審査請求人より上記(9)の回答書に対する反論書が提出され
た。
(11) 令和5年12月26日、処分庁より、上記(10)の反論書に対する再々弁明は行わない
旨の書面が提出された。
(12) 令和6年1月9日、審理員より、審理手続の終結等について、審査請求人及び処分
庁に通知した。
(13) 令和6年1月23日、審理員より審理員意見書が提出された。
第3 審理関係人の主張の要旨
1 審査請求人の主張の要旨審査請求人の本件処分に係る主張は、次のとおりである。
(1) 借入れは、返すもので、もらったお金ではないので、収入になることなど知る由も
ない。
(2) (借入れが収入になることが)ケースワーカーから毎年いただく書類に書かれてい
るか聞いたところ、どこにも書かれていないと教えてもらったこともない。
(3) 生活保護法を読んでみたが、(借入れが収入になることが)どこに書かれているか
分からなかった。
2 処分庁の主張の要旨
処分庁の本件処分に係る主張は、おおむね次のとおりである。
(1) 審査請求人は、平成23年3月9日、処分庁へ法による生活保護の申請をし、平成
23年4月7日、処分庁は審査請求人に対し、平成23年3月9日からの生活保護の
開始を決定した。
(2) 平成23年9月2日、審査請求人から処分庁に対し、自立した生活が可能との申し
出があり、生活保護の辞退届の提出があった。処分庁は平成23年9月1日付けで審
査請求人の生活保護を廃止した。
(3) 平成23年12月27日、審査請求人が処分庁を訪れ、法による保護の申請をした。
平成24年1月20日、処分庁は審査請求人に対し、平成23年12月27日からの
生活保護の開始を決定した。
(4) 処分庁は、審査請求人に対し、平成23年12月27日、平成24年1月23日、
令和元年10月3日、令和4年6月29日に「保護のしおり」を手渡し、被保護者の
生活保護受給中における権利や義務等について説明している。
(5) 平成24年9月28日及び令和2年3月13日、処分庁は「生活保護法第61条に
基づく収入の申告ついて(確認)」(以下「確認」という。)を用いて、審査請求人に
対し、収入の申告義務があること等を説明した。審査請求人は「確認」への署名及び
捺印を行った。
(6) 審査請求人は、ケースワーカーからの債務整理や家計改善支援の指導に応じず、保
護開始前の借入れ(A及びB)を返済し続けている状況が続いていたため、令和4年
12月及び令和5年1月に法第29条に基づく調査を実施した。その結果、平成23
年4月13日以降令和元年11月16日までに、借入れによる処分庁への未申告収
入総額12,515,000円(借入総数765回)の存在等が判明した。審査請求
人からは、保護開始以降の家庭訪問時には、借入れの返済について返答しているのみ
で、借入れを行っている旨の申告は無かった。借入れの方法は消費者金融が発行した
キャッシング専用カードを用い、専用のATMから出金するというもので、銀行口座
を介さない方法であった。また、審査請求人は、平成23年4月13日以降、令和元
年11月16日までの借入れについて、収入申告書に当該借入れについて記載した
ことは一度もなかった。
(7) 令和5年2月7日、生活保護受給中の借入れについて審査請求人に確認すると、
「北海道の亡母が認知症で生活がままならなくなった時期に、家族で現地に赴き面
倒を見るための飛行機代や、滞在費、亡母宅の管理費や修繕費用等が必要になったか
らです。1回あたりは50万円ほどかかり、しばらくは通っていました。」「その他、
要り様があれば都度借りていましたが、使途は覚えていません。ただ贅沢をするよう
なことはありませんでした。」などと話した。
(8) 令和5年2月22日、ケース診断会議を実施し、処分庁は審査請求人に対し、法第
29条の規定に基づく調査により判明した審査請求人の未申告収入について、法第
78条を適用すべきかについて検討を行った。その結果、法第61条に違反して平成
23年4月13日から令和元年11月16日までに審査請求人が受領した12,5
15,000円のうち、時効消滅額10,497,000円を除いた、2,018,
000円を不正受給額とし、約7年もの間、処分庁に申告することなく借入れを続け、
金額も多額であることから、法第78条に基づく費用徴収を行うべきとの結論に至
った。
(9) 処分庁は上記(8)の結果を踏まえ、本件処分を行った。
(10) 以上のとおり、本件処分は適正な判断によるものであり、本件審査請求には理由が
ないから、請求を棄却する旨の裁決を求める。
第4 論点整理
本件処分についての論点は以下のとおりである。1 本件処分の対象となっている、2,018,000円(審査請求人の受領した借入金
の一部)は、法第61条の届出の対象となる「収入」に該当するか。審査請求人は、借
入れは返済を伴うものなので、収入には当たらない旨を主張していることから問題と
なる。
2 審査請求人は、「不実の申請その他不正な手段」により保護費を受給したといえるか。
審査請求人は、借入れが収入に当たることは処分庁から説明されていないし、一般的に
借入れは収入ではなく負債と考えると思われるとの旨を主張していることから問題と
なる。
第5 裁決の理由
1 審査庁が認定した事実当事者間に争いのない事実及び証拠書類により認定できる事実として、以下の事実
が認められる。
(1) 上記第3の2の(1)ないし(9)で処分庁が主張している事実・経緯については認定す
ることができる。(庁第1号証ないし17号証)
(2) 審査請求人が署名、押印した「確認」には、「就労、年金、仕送りなど何らかの収
入」との記載はあるが、借入金が収入であることについての記載はない(庁第1号証)
(3) 審査請求人が処分庁に提出している資産申告書には、「負債」欄に「借入先」と「金
額」を記載する欄がある(庁第2号証)。
(4) 審査請求人が処分庁に提出している収入申告書には、「恩給による収入」、「仕送り
による収入」、「その他の収入」との記載しかなく、「借入金」を「収入」として記載
する明示的な記載欄は存しない(庁第9号証)。
(5) 処分庁の調査報告書には、審査請求人が、ケースワーカーの家庭訪問を受けた際に、
借入金が法第61条に基づき処分庁に申告する必要がある旨の説明を受けた旨の記
載はない(庁第3、4、7、12、13、14、15号証)。
(6) 処分庁が、平成23年12月23日の面談時に審査請求人に手交し、平成24年1
月23日の審査請求人への家庭訪問時に交付した「保護のしおり」には、収入申告に
ついて、〇働いて給与を得たとき、〇年金や手当を受給しているとき、〇その他の収
入があったとき、との記載があり、「その他の収入があったとき」の例として、仕送
り、生命保険等の給付金、補償金、所得税・住民税・国民健康保険税等の還付金、恩
給、売却金、遺産相続など、と記載されていた。しかし、借入金が収入であることに
ついての記載は一切ない(庁第18号証。なお、令和5年11月2日付け「証拠説明
書」の庁第18号証の備考欄に、「平成25年以前に作成したものは残存していない
ものの、内容に変わりはない」との記述があるため、上記の事実が認定できる。)。
(7) 処分庁が、令和元年10月3日に審査請求人に交付した「保護のしおり」も、令和
4年6月29日に審査請求人に交付した「保護のしおり」も、収入に関する記載内容
は上記(6)と同一であり、やはりいずれの「保護のしおり」にも、借入金が収入である
ことについての記載は一切ない(庁第19、20号証)。
2 論点に対する判断
(1) 審査請求人の受領した借入金は、法第61条の届出の対象となる「収入」に該当す
るか。
ア この点、法による保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その
他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件とし、
その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行われ
るものであり、最低限度の生活需要を満たすのに十分であって、かつ、これを超え
ないものでなければならない。したがって、法第4条第1項にいう「その利用し得
る資産、能力その他あらゆるもの」及び同法第8条第1項にいう「その者の金銭又
は物品」とは、被保護者が、その最低限度の生活を維持するために活用することが
できる一切の財産的価値を有するものを含むと解される。そして、法は、「その利
用し得る資産、能力その他あらゆるもの」及び「その者の金銭又は物品」について
特に限定をしておらず、将来返済が予定されている借入金についても、当該借入れ
によって、被保護者の最低限度の生活を維持するために活用可能な資産は増加す
るのであるから、保護受給中に被保護者が借入れをした場合、これを原則として収
入認定の対象とすべき(札幌地方裁判所平成20年2月4日判決に同旨)であり、
審査請求人の受領した借入金は、法第61条の届出の対象となる「収入」に該当す
ると解するべきである。
イ なお、生活保護行政の実務においては、法第4条が定める補足性の原則について
一定の例外が設けられ、貸付けを受けるについて保護の実施機関の事前の承認が
あること等を要件として、収入認定をしない貸付資金として、事業の開始又は継続、
就労及び技能修得のための貸付資金、一定範囲の就学資金、医療費又は介護費貸付
資金、結婚資金、国又は地方公共団体により、若しくはその委託事業として行われ
る一定範囲の貸付資金を掲げていることが認められる(庁第8号証)。
しかし、審査請求人が借入れについて処分庁の事前の承認を得た事実は認めら
れないし、審査請求人の借入れの使途が上記の収入認定をしない貸付資金に該当
する事実も認められない。
ウ 以上の次第であり、審査請求人の受領した借入金は、法第61条の届出の対象と
なる「収入」に該当する。
(2) 審査請求人は、「不実の申請その他不正な手段」により保護費を受給したといえる
か。審査請求人が借入金の申告を処分庁にしなかったことがこれに該当するかが問
題となる。
ア この点につき、審査請求人は、生活保護の受給に際しても、生活保護の受給後も、
AやBから借入れがある旨を、処分庁に対し、報告、申告している。これは借入れ
を申告すべき収入として認識しつつ、かつ収入について申告義務があることを知
っている者の行動としては相互に矛盾しているものである。
また、審査請求人が処分庁に提出しなければならない収入申告書には、明示的に
借入金を収入として記載する欄は存在しないのに対し、資産申告書には、「負債」
欄が設けられ、「借入先」と「金額」を記載することになっている。
以上の点からすれば、審査請求人は、自身が処分庁に提出すべき書面の記載内容
上、借入金が申告の対象となるべき「収入」に該当することを認識し得なかったと
解される。
イ それに加え、審査請求人が、処分庁のケースワーカーから、借入金が申告の対象
となるべき「収入」に該当することの明示的な説明を受けた事実は認定できないし、
生活保護の受給について処分庁が受給者への説明に用いている「保護のしおり」に
も、借入金が申告の対象となるべき「収入」に該当することの記載は一切ない。
そして、審査請求人が署名、押印した「確認」には、「就労、年金、仕送りなど
何らかの収入」との記載があり、「保護のしおり」には、「その他収入があったとき」
の例として、仕送り、生命保険等の給付金、補償金、所得税・住民税・国民健康保
険税等の還付金、恩給、売却金、遺産相続など、と列挙されている。ここに列挙さ
れている「収入」は、労働の対価や、保険料の対価、あるいは一方的に得られる給
付が列挙されており、審査請求人が主張する通り、返済を伴う「借入金」がこの列
挙された「収入」(通常「借入金」は、借り入れた額よりも返済する額の方が多額
であるため、社会通念及び経験則に照らし、「収入」どころか「負債」と認識され
るはずである。)と同じ扱いとされることを、通常の生活保護受給者が、ことさら
の説明もなく自ら理解することは極めて困難であると言わざるを得ない。
以上の点からすれば、処分庁から借入金が申告の対象となるべき「収入」に該当
することの説明を受けていない審査請求人が、借入金が申告の対象となるべき「収
入」に該当することを認識することは極めて困難であったと認められる。
ウ よって、審査請求人が受領した借入金を処分庁に申告しなかったのは、処分庁か
らこの点についての説明が無かったこと等により、借入金を申告すべき「収入」と
認識できなかったことに起因する、やむを得ない不作為であったと認められる。
したがって、審査請求人は、処分庁に申告することなく借入れを続けてはいたも
のの、「不実の申請その他不正な手段」(法第78条第1項)により保護費を受給す
る意図があったとは認められず、同条に基づく本件処分は、不当なものとの評価を
免れない。
第6 結論
以上のとおり、本件処分は不当である。そのため、本件審査請求には理由があるから、行政不服審査法第46条第1項の規定により、主文のとおり裁決する。
第7 付言
上記第5で認定したとおり、現状処分庁が生活保護受給者に対し、提出を求めている書類や、説明に用いている資料には、借入金が申告の対象となるべき「収入」に該当す
ることを、生活保護受給者が認識するに足りる記載が欠けていると思料される。
このような書類や説明資料を基に生活保護受給者から借入金を「収入」として申告を
求めるのは酷であると考えられる。また、平成24年課長通知においても、「法78条
の適用に当たって最も留意すべき点は、被保護者等に不当又は不正に受給しようとす
る意思があったことについての立証の可否であり、立証を困難にしているものの原因
は、被保護世帯に対する収入申告の義務についての説明が保護の実施機関によって十
分になされていない、あるいは説明を行ったとしても当該被保護世帯が理解したこと
について、事後になってケース記録等によっても確認できないといったこと等にある
と考えられる」とされていることからも、生活保護受給者に対して交付される書類の体
裁や説明資料の記載内容等について、改善すべきである旨を付言する。
第8 添付書類
行政不服審査法第 50 条第2項に基づいて審理員意見書を添付する。令和6年3月19日